寂しい年
今日はハニーのお誕生日。
でも、もう、引退してしまわれたので。
一般の方にきゃあきゃあ言うほど若くもないので。
ただあたしの中でハニーの栄光は永遠なので。
そしてちょうど15年前に彼に出会ったので。
だからやっぱりあたしのサッカーの師匠であることに変わりはありません。
40歳のお誕生日おめでとうございます、鈴木隆行さん。
でも、今年はなんだか寂しいですね。
もう、鈴木さんはジョカトーレではない。
今年はデヴィッド・ボウイ、プリンスときて、今日はモハメド・アリの訃報。
こどものころにあこがれた人が次々と旅立っていく。
いったい、なんなんだ。
昨日たまたま見たNHKの「トットてれび」。
黒柳徹子さんの半生と日本のTV業界の歴史。
昨日は黒柳さんと故・向田邦子さんとの友情を描いた。
印象的なのは黒柳さんが向田さんが事故死した後、毎日のように入り浸った向田さんのアパートの前に佇むシーン。
あたしは5年前に夫を送り、両親ももう亡くなった。
親の時はただ周りの言われるままに葬儀を執り行い、違和感しかなかった。
夫の時は喪主だったが、悲しくて辛くて悔しくて、何も覚えていない。
あたしは熱心な仏教徒でもないのに仏教式で執り行うことへの罪悪感。
遠方から駆けつけた年老い、落胆する夫の両親に何もしてやれない無力感。
終わった後で(あれでよかったのだろうか)と襲ってくる、数限りない後悔。
5年たって思うのは「あたしの知らない夫の親しかった人たち」への対応だ。
結婚式も葬式も、すべては両親や親せきのために行った。
あたしはそこに、なんの心も思い入れも持ち合わせていなかった。
本の3日前まで元気だったのに、突然天国に行ってしまった夫。
仕事関係は職場の後輩の人、親戚関係は姉や義妹に連絡を任せた。
それでもう、いっぱい、いっぱいだった。
四十九日も一周忌もこどもと4人だけで執り行った。
初盆だけは納骨のために夫の実家に行ったけれど、それだけだった。
あたしが宗教や慣習に疎いばかりに、夫にお別れをする機会を奪われた人はいるだろう。
それが多いのか、少ないのか、それが気にするほどのことなのかどうなのか。
あたしには、わからない。
あたしが死んだら、子供たちはおそらく姉には連絡するだろう。
でも、それ以外には連絡する人もないんじゃないか。
さほど親せき付き合いはないからな。
仕事は今はほどんどネットを介しているから、パスワードくらいは教えておくか。
でも、葬式に呼ぶほどの長い取引でもないところばかり。
あたしが一番長く時を過ごし、楽しくともにいる友人たち、サッカーの仲間たち。
おそらくそういう人たちに何かあっても、あたしに連絡が来ることはないだろう。
あたしのこどもたちも連絡するすべもないだろう。
それは悲しいことかもしれないけど、それでいいのかな、とも思う。
あたしたちはスタジアムで出会い、スタジアムで友情をはぐくみ、スタジアムで別れる。
だから、あたしがいなくなっても、スタジアムで思い出してくれればそれでよいのかもしれない。
徹子さんが向田さんのアパートの前で一礼したように。
あたしもまた、葬儀会場など設けなくても友人たちはスタジアムで懐かしんでくれればよい。
そう思えるように、生きているうちに、会いたい人には会いに行かなければと思う。
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