フォト

rock show

  • ちなみに「五岳」店内風景は…
    単独の展示会を2回やらせていただいたことがあります。 2005年3月、長野市在住の頃お世話になっていた画材店「五岳」さんの吉田店の店舗内外ガラス壁面を2週間お借りしました。「ウィンドウ・ジャック」と題して作品だけでなくサポートしていたチームの応援グッズやスポーツへの入れ込みをパネルなどにして展示しました。 2009年3月、平塚市のスポーツ・バル「モト・ロッソ」さん店内のギャラリー・スペースを一ヶ月お借りしました。湘南ベルマーレの選手やサッカーの絵を中心に開幕ダッシュを後押しすべく「暑苦しく」展示しました。

as you like it!

  • モノトーン
    クリスの画風を気に入ってくださったアスリートの皆さん!あなたの輝きを永遠にしませんか?お気に入りの写真をお送りいただけば、それを写真とはひと味違う、情熱の一枚にしてお届けします。 料金例: A4サイズでフルカラーなら¥60,000、モノトーンなら¥30,000から注文をお受けします! (ご連絡は「プロフィール」の「メール」まで!) 作品例をこのアルバムにアップしておきます。発注なさるときの参考にしてください。

hot legs

  • 世界で一番お前が好きだーっ!
    2007年4月1日、クリスの初めての画集が出版されました。 嬉しかったな。書店を1日ウロウロしてました。 (ご購入ご希望の方は直接クリスまでメールで!)

aquatics

  • splash!
    愛すべき水生生物 - スイマーたち。 特に男子選手は「ミケランジェロの息子たち」と命名しております。

Gambino & other favorites

  • ドイツ大会のアポロン
    ガンバの選手を中心に「鈴木隆行以外」のお気に入りの選手をピックアップ!

turn yo wheels

  • Turn
    あたしが車椅子バスケットボール(イスバス)にハマったのは一重に仙台市の宮城MAXのエースにして日本代表のガード、藤井新悟選手の存在です。

not enough

  • Ish
    2003年から社会人サッカーを応援しています。特に地域リーグ。 さあ、素晴らしき4部の世界へようこそ。 (ここに掲載されているのはプロ球団に所属している選手ではありません。個別に掲載許可も取っていませんので、各々のページへのコメントは控えます。分かる人には分かる、ってことで。)

agony and passion

  • Before全国区
    あたしがサッカーを描くようになったのは鈴木隆行選手のプレーを見て「この人を描きたい」と思ったのがきっかけです。 描きたいものを見失っていたそれまでのクリスの絵描魂に火を付けてくれた鈴木選手には「感謝、永遠に!」です。

soccer critiques

  • 風景
    2007年6月-2008年3月に発売された「サッカー批評」のvol.35-38に連載された小宮良之さんの「カンプ・ノウで刻まれた想いを胸に」の挿絵を担当させていただきました。 地域リーグを応援してきていつも選手に「全国目指すぜ!」ってえらそうに言ってきましたが、ようやくクリスも全国デビューを果たしたのです。

approved and accepted

  • Splash!
    ここではコンテストで入賞、入選した作品を中心にアップしています。 現在はもう参加していませんが、講談社フェーマススクールズさんにはお世話になりました。全然絵が描けなくなった自分を何とかしたいとKFSの通信講座に入会して基礎を一から勉強し直し、卒業後はアートコンテストで特別賞をはじめいろんな賞をいただいて自信をもらいました。入会当初の目的だった作家名鑑「イラストック」にも卒業翌年から連続して6年間掲載していただきました。感謝しています。

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2014年12月22日 (月)

因果応報

きりがない。
今年の9月、そう思った。
本当は銀婚式になるはずの日、息子と相方の故郷の地に立って、そう思った。

あたしは自分が許せなかった。
何もできず、相方を救うことが出来ず、一人だけ生き残った。
あたしは葬式の翌日結婚指輪を外した。
甘えちゃいけない。
空に向かって相方に語り掛けたりしない。
だけどあたしにはキャリアも貯えも社会的信用すらなかった。
毎日毎日、役立たずのごくつぶしと自分を罵りながら涙をこらえた。
相方が入院中は病院から家の間大泣きしながら歩いた。
でも、相方を失ってからは泣かなかった。
毎日毎日歯を食いしばって、奥歯が欠けてしまった。
仕事から帰るとご飯を作りながらお菓子をむさぼり、夕飯の間は酒をあおった。
そうしてどんどん体重を増やし、あたしは脂肪の鎧を身にまとった。
血液検査の結果は不健康な数値を次々と叩き出し、医者からは足が遠のいた。
(醜く年を取って早く相方のところに行きたい。)
あたしの老後の夢は死ぬことだった。
あたしは嬉々として自分を罰した。
それしかあたしの楽しみはなかった。

必ずかなう夢。
悪魔の甘美なささやき。

「明日死んでもいいように、今日を悔いなく生きよう。」
「苦しい時こそ笑っていこう。」
「今日がいつだって人生最高の日。行動こそが美徳。」
阪神淡路大震災以降、あたしはいつも自分にそう言い聞かせてきた。
でも、相方を失ってからは全てが空しく響いた。

父親を14歳で亡くすというのはどんなものだろう。
末っ子と二人で旅をした。
彼の父親が育った町へと続く路線。
「こっちに座ろう。」
「どうして?」
「海が見えるよ。お母ちゃん、好きでしょ?」
相方によく似た優しい子。
死んだように生きていてはいけない、そう思った。
あの時と同じだ。
夢を見失い、自分を見失い、自分が描く絵に絶望していた自分。
黒煙を上げて燃え上がる神戸の街を見ながら思った。
いままた、我が子の成長にあの時と同じような頭を殴られたようなショックを受けた。
(あたしはこの子のために、本当に活き活きと生きなければいけない。)

それでもやはり相方の命日が近付くと気持ちがざわつく。
15日は相方が58歳になるはずの日だった。
彼は3年前の誕生日の3日後に亡くなり、その3日後に葬儀を行った。
2年前も去年も、その1週間は精神状態が不安定で、体調を崩したり事故を起こしたりしてしまった。
今年は秋の旅の後心身ともに落ち着いていたのではあるが、やはり日々を慎重に過ごした。

なんとか「魔の一週間」を何事もなく過ごした今年。
まだ気を緩めるわけにはいかないが、一安心。
我が家は子供たちが小さかった昔からサンタが来ない家ではあるが、今年はどうしよう。
季節の行事は大切にしたいという思いはまだある。
相方を失い、一連の行事を体験して、形ばかりの儀式には相変わらず意味を感じない自分がいる。
さて。
とりあえず今夜は柚子湯くらいやろうか。
寒いんだから。
あったまるくらいいいだろう。

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